アステカ人の湖上都市テノチティトラン

今では想像つきませんが、現在のメキシコシティがある盆地には大きな湖がありました。そしてその中の島にアステカ人の宮殿や神殿があり、岸から長い通路が延びていました。これがアステカの都テノチティトランです。湖は浅かったので、島の間を細い水路がいくつも通り、アステカ人はその中を船で行き来していました。その後、新しいスペイン風の町が築かれ、湖もほとんどが埋め立てられてしまいます。しかし、メキシコシティの南郊外28kmにあるソチミルコには、今もアステカ時代から残る水路があり、その当時の名残を感じさせてくれます。

週末になると、メキシコシティからの行楽客でにぎわうソチミルコ 週末になると、メキシコシティからの行楽客でにぎわうソチミルコ

芦の浮島の上で農業をしていたアステカ人

「ソチミルコ」とは先住民の言葉で「花の野の地」という意味です。かつてのアステカの都テノチティトランとは、水路で結ばれていました。当時、この水郷地帯では「チナンパ」と呼ばれる浮島で行われる農業が行われていました。これは芦などの長い草を刈り取って積み上げ、水に浮かせてその上で農作物を育てるというものです。似たような芦の浮島は、ペルーのチチカカ湖でも見たことがありますが、ここではそこに柳の木を植えてその根が湖底に張らせ、浮島を動かないように固定させていました。水深が浅いから可能だったのでしょうね。そのチナンパが長い間に固定して、今のような水路になったようです。

現在もアステカ時代の雰囲気が残る貴重な水郷地帯

そんなわけで、ソチミルコはスペイン植民地時代から最近まで、「メキシコシティの郊外の農業地域」という位置付けでした。しかし1960年代からメキシコシティは拡大し、ソチミルコとの間にあった土地や水路も都市の一部になってしまいました。だから今も昔ながらの運河群が残るソチミルコ周辺は貴重なのです。現在、ここは週末になると行楽客がやってくるメキシコシティ随一の観光地で、「メキシコシティ歴史地区とソチミルコ」として、世界遺産にも登録されています。(その2に続く)