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波乱万丈の生涯を送ったメキシコの女流画家フリーダ・カーロとは? その1 リベラとの出会い


掲載日:2017/01/25 テーマ:美術館・博物館 行き先: メキシコ / メキシコシティ

タグ: ロマン 一度は見たい 憧れ 美術館 名画


映画にもなったメキシコを代表する女流画家

ディエゴ・リベラがフリーダをモデルにして描いたメキシコ文部省の壁画 ディエゴ・リベラがフリーダをモデルにして描いたメキシコ文部省の壁画

フリーダ・カーロを知っていますか? メキシコの現代絵画を代表する女流画家で、自分の自画像を中心に、一度見たら忘れられない強烈な作品を数多く残しています。彼女はその作品だけでなく、メキシコ壁画運動を代表する画家のディエゴ・リベラとの結婚、トロツキーとの恋愛など、私生活でも何かと話題の多い人物でした。今回は彼女の生涯をたどりながら、彼女が大半を過ごしたメキシコシティでフリーダの作品が見られる場所などを紹介したいと思います。サルマ・ハエック主演で映画化もされた『フリーダ』も事前に観ておくと、より理解が深まるでしょう。

事故がきっかけで絵画にのめり込む

フリーダは1907年7月6日、メキシコシティのコヨアカンで生まれました。今ではすっかり拡大したメキシコシティに飲み込まれているコヨアカンですが、当時はまだ郊外の趣があったのでしょう。この家は壁が青く塗られていたので、通称で「青い家」と呼ばれています。父ギジェルモはドイツ生まれのハンガリー系ユダヤ人で、職業は写真家でした。そしてギジェルモはフリーダにカメラや趣味の水彩画を教えます。1922年、フリーダはソカロにある国立予科高等学校に通う、最初の女性の一人になりした。ところが1925年に通学中のバスが路線電車と衝突し、フリーダは重傷を負います。数ヶ月のベッド暮らし、そして彼女を生涯苦しめる身体の損傷‥。この時期に寝たきりだった彼女は、ベッドの天蓋に鏡をつけ、自画像などの絵画を描くようになります。

画家ディエゴ・リベラとの出会いと結婚

ある程度身体が回復した1928年、彼女は画家のディエゴ・リベラに出会います。リベラはすでに有名な画家でした。そんなリベラですが、フリーダの描いた絵に強い感銘を覚えます。映画『フリーダ』では、赤いシャツを着たフリーダをモデルにリベラが壁画を描いているという、印象的なシーンがあります。1928年にリベラによって描かれた『革命のバラード』と名付けられた作品です。この作品は、いまもメキシコ文部省の回廊部分にあります。場所はメキシコシティのソカロ近くで、公共の建物なので入場は無料ですが(土日は休み)、入り口でIDのチェックがあるので、パスポートを忘れずに! そして1929年8月にフリーダとリベラは結婚します。フリーダ22歳、リベラは43歳でした。(その2に続く)

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2017/01/25)

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※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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