神が造った都市と想像したアステカ人

テオティワカンのピラミッド・その1からの続きです。この都市では、神権政治が行われていたと考えられています。というのも現在に残る主要な建物は、神殿や神に関わるもので、軍事的な要素や王権に関わるようなものが少ないからです。「宮殿」と名が付けられているものも、王の住居というよりは、神官が住んでいたもののようです。また、「月のピラミッド」とか「死者の大通り」という名前も、後からアステカ人がつけた名前で、もともとはなんと呼ばれていたかは誰もわかりません。下水道も完備していたこの都市ですが、7世紀頃から衰退し、8世紀には滅亡してしまいました。アステカ人がこの地にやってきたときは、テオティワカンはすでに巨大な廃墟でした。アステカ人はこの壮大な遺跡を見て、「これは神が造ったにちがいない」と思い、自分たちの「太陽と月の神話」にこの遺跡を重ね、ピラミッドなどに名称をつけたのです。

ケツァルパパロトルの宮殿にある柱。聖なる鳥である「ケツァル」と蝶の「パパロトル」の合体した姿が彫られている ケツァルパパロトルの宮殿にある柱。聖なる鳥である「ケツァル」と蝶の「パパロトル」の合体した姿が彫られている

遺跡観光前に入り口で必要なものを用意!

それではテオティワカンを見学してみましょう。公開されている遺跡は南北3km、東西1kmほどの広い範囲に広がっており、入り口も3か所あります。一番北側の入り口がプエルタ3で、ここから入っていくと遺跡の北端にある月のピラミッドの前の「月の広場」に出ます。そこから遺跡を見学しながら、南へ下っていくといいでしょう(ゆったりとした下り坂になっています)。時間がない方は、1kmほど離れた太陽のピラミッドを見学してプエルタ2から帰る、あるいは時間がある方はそのまま死者の大通りを1.5kmほど歩いてケツァルコトルの神殿に行き、そこからプエルタ1に出ればいいでしょう。遺跡内は日陰がなく、夏の日中は非常に暑いので、飲料水と帽子は必携です。ともに入り口の土産物屋で売っているので、現地でも買えます。使い捨てのキャップでも、帽子はあった方がいいですよ。

まずはケツァルパパロトルの宮殿へ

プエルタ3から遺跡に入り、道を下っていくと月の広場に出ますが、その前に左側に「ジャガーの宮殿」と「ケツァルパパロトルの宮殿」があるので、まずはそちらを見学しましょう(先に広場に出てしまうと、戻るのが面倒なのです)。「ケツァルパパロトル」とは、聖なる鳥である「ケツァル」と蝶の「パパロトル」の合体した姿だとか。その神(?)の浮き彫りがこの建物の柱に刻まれていることから、「ケツァルパパロトルの宮殿」という名前がつきました。目の部分には、この地方で産出したという黒曜石が嵌め込まれていました。宮殿と名付けられていますが、隣にある月のピラミッドの催事で働く神官の住居だったといわれています。(その3につづく)