「時間が足りない?」。出発がどんどん遅れていく

名残惜しく感じながら、オリャンタイタンボを出発しました。ここでツアー参加者のうちの何人かが、ツアーを離脱してマチュピチュ行きの列車へ。逆にマチュピチュから帰って来て、ここで合流して一緒にクスコに帰るという人もいました。オリャンタイタンボを出発したのが16時50分。「こんなペースで、最後の遺跡に行くことができるんだろうか」と心配になってきました。道はすでにクスコへの帰り道。バスは坂道を上り、どんどん標高を上げていきます。今まで走って来たウルバンバ川沿いの道が遥か下に見えてきました。やがて“聖なる谷”を囲む山よりも、高い位置になると山々の向こうに白い雪を抱いた5000m級の高山が見えてきました。斜めに刺す太陽の光と相まって、とても美しい眺めです。

クスコ発、インカの「聖なる谷」周遊ツアー その4 小さな村の遺跡・チンチェーロ クスコ発、インカの「聖なる谷」周遊ツアー その4 小さな村の遺跡・チンチェーロ

日没間近に最後の目的地チンチェーロへ

登り切った上は比較的なだらかで、いくつもの丘が続いています。次第に日が落ちて来るので「暗くなったら遺跡には入れないだろうから、今回はこのまま帰るのだろう」と思っていたら、バスが停まりました。もうあと10分ぐらいで日が暮れるという時間です。しかしそこがツアーで寄る最後の遺跡があるチンチェーロ村でした。石段を5分ほど上り、遺跡入口です。もう薄暗い中、ガイドは説明を始めました。写真を撮るにはライトがないと、もうギリギリの暗さです。広場を囲むようにして石垣が続いており、斜面には他のインカ遺跡同様、アンデネス(段々畑)が造られています。遺跡の脇には教会と、その前に広場がありました。いや、遺跡が教会の脇にあるといってもいいでしょう。スペインがこの町を征服すると、町を破壊してその中心に教会と教会広場を建てたのですから。

歴史が古いチンチェーロの教会

つまりピサック遺跡やオリャンタイタンボ遺跡と異なり、このチンチェーロでは遺跡がほぼ村と隣接しているのです。遺跡は何も見えないぐらいすっかり真っ暗だったので、私たちはガイドに連れられて教会の中へ。きれいに修復された都会の教会とは異なり、田舎の村の教会なのできらびやかではないのですが、ガイドによればこの教会の歴史は古く、ほぼスペインがインカを征服してまもなくとのこと。古いフレスコ画もありますが、残念ながら写真はNG。この教会の中にいると、次から次へとツアーグループがやってきます。私たちが来た時はすでに遺跡は暗かったので、後から来た人たちは完全に日が沈んでから、遺跡内を歩いていたのでしょう。

最後もやっぱり“買い物”(笑)

教会を出ると、外はもう真っ暗でした。しかしツアーはこれで終わりではないようです。そのあと、お約束の手工芸の店に(笑) そこでは伝統衣装を来た女性が天然染料の作り方や染め方を実演。それは面白かったのですが、かといって何を買う訳でもありません。しかし、今まで“しぶい”遺跡巡りでガマンしていた女性たちは、この最後の買い物場所ではじけたのか、予定時間をオーバーする勢いで買い物をしていました(笑)。ここを出たのはもう夜7時ぐらいだったでしょうか。ツアーバスが解散場所のクスコのサン・フランシスコ広場に着いたのは夜の8時。11時間という、長い日帰りツアーでした。