ナスカの地上絵は、宇宙人と交信するためのもの?

私は小さな子どもの頃から、死ぬまでに「ナスカの地上絵」を見てみたいと思っていました。最初に地上絵を映像で見たのは、NHKのスペシャル番組「未来への遺産」だったと思います。その後、フォン・デニケンの「宇宙人との交流」説を知って、「すごい!」と思ったのですが、大人になってデニケンの説は荒唐無稽の「トンデモ論文」と知りました(笑) 最近の若い人は、デニケンの「古代宇宙飛行士説」は知らないでしょう。これは古代に宇宙人が地球に飛来して、人類を創造したり、文明を授けたりしたという説で、1970年代に少年時代を迎えた人なら、少なからず影響を受けています。彼は「空からしか見えないナスカの巨大な地上絵は、古代人が宇宙人と交信するためのもの」というものがあり、またそれが妙に説得力があったのです(当時は)。映画『2001年宇宙の旅』の時代ですね。

ペルーの「ナスカの地上絵」の秘密を探る その1 忘れられた古代文明の痕跡 ペルーの「ナスカの地上絵」の秘密を探る その1 忘れられた古代文明の痕跡

解明されてきた“古代文明の謎”

地上から見えないということは、この絵を描いた人たちも、その全体像は見たことがなかったということになります。そこで「誰も見えないものをなぜ描いたのか」と「全体が見えないのに、どうやって絵を描いたか」という疑問が出てきます。ラテンアメリカの古代文明は、文字を持たない文化だったので、その理由は推察するしかないのです。そこで、色々な説が出てきます。今では「古代文明の謎」と言われたものは、かなり解明されて来ています。現代の常識で「道具も技術もない古代に、どうして測量して建設できたのか」と決めつけてしまいがちなことも、手間さえかければ作るのに不可能なことはないことがだいたいわかってきました。「古代人にできるわけない」というのは、現代人のおごりなのでしょう。

20世紀まで知られてなかった地上絵

このナスカの地上絵が発見されたのは、1939年と飛行機時代になってからのことでした。それまでは、誰も地上にそんな絵が描かれていることに気づいていなかったのです。地上絵が発見された時はすでに遅し、地上絵の上にパン・アメリカンハイウェイが建設されてしまいました。そのため、いくつかの地上絵は寸断されたり、消されてしまったりしたといいます。

マリア・ライヒェの活躍

地上絵の発見後、その研究に生涯を捧げたのは、ドイツの考古学者マリア・ライヒェでした。彼女は地上絵を発見したポール・コソック博士の助手で、博士の死後はその研究を引き継ぎ、地上絵の地図を作成しました。ライヒェの努力によって、地上絵が政府の開発や道路建設から守られたといっても過言ではありません。ライヒェはこの地上絵を、古代人が天体観測や暦の目的として描いたという説を提唱しています。ナスカの地上絵は1995年にユネスコの世界遺産に登録されました。(その2につづく)