8〜9世紀まで栄えたナスカ文化との関連

さて、ナスカの地上絵を描いたというナスカの古代文化は、どんなものだったのでしょう。ナスカ文化は紀元前後から8〜9世紀まで現在のナスカ周辺で栄えた文化で、人々は狩猟や農耕を中心に生活をしていました。ナスカにはその祭祀の中心だったとされる「カワチ遺跡」があり、ピラミッドや神殿跡が残っています。ナスカ文化では多くの土器が作られました。ペルーの博物館へ行くと、ナスカ文化の土器がよく展示されていますが、彩色され、また動物など形も凝っているので、実用的な目的だけでなく祭祀的な用途に使われていたのかもしれません。このナスカ文化を担った人々が、地上絵を描いたと言われていますが、何しろ文字資料などが残っていないので、その関連性はよくわかっていません。遺跡の発掘もまだ途上で、しかも今後も大きく発掘される見込みもないそうです。

ペルーの「ナスカの地上絵」の秘密を探る その2 どうやって地上絵は描かれたか ペルーの「ナスカの地上絵」の秘密を探る その2 どうやって地上絵は描かれたか

地上絵を近くで見ると

さて、行ってみればわかりますが、ナスカのあるペルーの海岸地域は、砂漠もある乾燥地帯。海のそばなのに乾燥しているのは不思議な気もしますが、雨がほとんど降らない反面、湿った空気が入り込み、霧が発生しやすい地域でもあります。ナスカ周辺には砂漠もありますが、地上絵のある地域は大小の礫や石がゴロゴロとしている乾燥した大地です。よく、「砂漠に描いた線が2000年近く消えないのは不思議。最近描いたものではないか」と疑う人がいますが、「描いた」というより「岩を取り除いた」というのが正解です。ナスカの大地に転がっている礫や岩は、土や小粒の石はすでに雨風によって吹き飛ばされて残った比較的大きなものです。その表面は長い年月に酸化して変色していますが、この岩を取り除くと下からまだ変色していない岩が露出します。こうして周囲とは違った色が、地表に“描かれる”のです。

地上絵は小学生でも描ける?

では、どうやって何十メートルにも及ぶ大きな絵を描いたのでしょうか。これは今ではほぼ解明されています。まず元となる原図を描き、それを中心点から杭とヒモを使って拡大して行くという方法です。これは難しいようで実は簡単で、やり方さえ知っていれば小学生でもできることを、九州産業大学が日本の小学校で証明しています。ナスカの地上絵の再現を画鋲と糸を使って小学校のグランドで試みたところ、2時間半で線が引けたそうです。また、山形大学では、原図から歩数を割り出し、歩きながら片足で石を蹴って露出させるという、至極簡単な目視による方法でも巨大な絵が描けることを日本の小学校で証明しました。どちらにせよ、「古代人が描けるわけない」という考えが、単なる“思い込み”であったことを証明しています。(その3につづく)