あらゆる人種、国籍の人が行き来する国際都市

「アメリカは人種のるつぼ」と言われますが、その最たるものがニューヨークでしょう。街を歩いていると、住んでいる人だけでなく、観光客も含めると世界中から来たと思われる、ありとあらゆる人たちとすれ違います。ニューヨークは長い間、船でやってきた移民が最初にアメリカに上陸し、入国審査を受ける場所のひとつでもありました。ニューヨークに住んだ初期の移民たちは英語が話せないこともあり、固まって自分たちのコミュニティを作っていました。ニューヨークにはそうしたエリアがいくつかありますが、中でも“最大”と言えるのが、今回紹介するマンハッタンのチャイナタウンです。

マンハッタンにあるチャイナタウン。ビルの一階は、漢字の看板を掲げた商店やレストランになっている マンハッタンにあるチャイナタウン。ビルの一階は、漢字の看板を掲げた商店やレストランになっている

アメリカ最大規模のチャイナタウン

マンハッタンのミッドタウンから南下していくと、街は少しずつ変化していきます。学生街でかつてはアーティストたちが多く住んでいたグリニッチヴィレッジ、おしゃれなショップが多いソーホー、かつてのイタリア人街のリトルイタリー、そしてその南にあるのがチャイナタウンです。このチャイナタウンの人口は現在約10万人といわれ、アメリカ各地にあるチャイナタウンの中でも、人口で言えば最大規模なのだとか。ちなみにニューヨーク市には、チャイナタウンが6つもあるそうです。クイーンズやブルックリンのも有名だそうですよ。このマンハッタンのチャイナタウンの南は、すぐに州庁舎や郡裁判所がある官庁街で、そこをさらに南に行くと株で有名なウォール街に出ます。

アメリカへの中国人移民が始まったのはいつ?

中国人がアメリカに移民として移住するようになったのは、1860年の「北京条約」以降のこと。というのも、当時の中国を治めていた王朝の清は海外との貿易には消極的で、また自国民の海外移住を禁止していたからです。しかし強い開国を望むイギリスとの間に起きたアヘン戦争、そしてイギリスとフランスと戦ったアロー戦争での敗北により、清は外国と不平等条約を結ぶことになりました。これが北京条約で、その中で「清朝による自国民の海外移住禁止の撤廃と移民公認」という項目が盛り込まれました。(その2に続く)