イーストビレッジに泊まるのもおすすめ

ニューヨークに行ったら多くの人はマンハッタンに泊まると思いますが、エリアによってその雰囲気はかなり異なります。マンハッタン内なら、たいてい地下鉄の駅が近くにあるので、どこに泊まっても移動には困りません。ただし昼はいいのですが、夜にちょっとした買い物に出たりするのに、周囲に人通りが少ないと嫌ですよね。そこで今回(2017年)私が泊まったのは、夜でもにぎやかなイーストビレッジ西側にある小さな安宿でした。安宿と言っても、そこはマンハッタンなので、2ベッド、トイレシャワー付きの個室だと、税込で200ドルもしましたが(笑)。

イーストビレッジの街並み。街の西側は日本料理店が多い イーストビレッジの街並み。街の西側は日本料理店が多い

その名の通り、かつては“村”だった

別記事の「街歩きが楽しいグリニッジビレッジへ行こう!」を読んでもらえば分かりますが、19世紀半ばまでは、ニューヨークの中心は南のロウアーマンハッタン(ワールドトレードセンターがあるエリア)でした。マンハッタンの真ん中よりもやや南にはあるこのイーストビレッジですが、このころはまだニューヨークの郊外。有名なグリニッジビレッジはその名の通り「グリニッジ村」で、町の外だったんですね。そのグリニッジビレッジの東を「イーストビレッジ」、西を「ウエストビレッジ」といいます。19世紀初頭にはまだ「村」だったこのエリアも、19世紀末には東欧系の移民が多く移り住み、ニューヨークの街に飲み込まれていきます。

ビートニク、ボヘミアン、パンク…

このイーストビレッジが注目されるようになったのは、1950年代後半からでしょう。ビートニクやボヘミアン、学生や芸術家といった人たちが、移り住むようになってきたからです。ニューヨークのカウンターカルチャーの中心はグリニッジビレッジでしたが、隣接するイーストビレッジからなら徒歩5〜10分。家賃が安かったので、こちらに住んだ人たちも多かったのです。70〜80年代には、音楽のパンクシーンと歩みを合わせて、パンクファッションやパンク的なアーティストたちがここを拠点に活動。ギャラリーも多くでき、アート活動がにぎわいます。有名どころでは、新表現主義のジャン=ミシェル・バスキアや、グラフィティアートのキース・ヘリングが、このイーストビレッジを拠点に活動をしていました。写真家では、ソール・ライターが80年代以降にアトリエを構えていた場所でもあります。(その2に続く)