サドゥーとは何か

長い髪を結い、額にペインティングを施した異形の人々。オレンジ色の布をまとい、ときには菩提樹の実のアクセサリーを体中に巻き付けたり、肌に灰を塗りたくったり。人前に裸の姿をさらすこともあります。こんな常人とはかけ離れた様子の人々を、インドの聖地や寺院で目にしたことのある人は多いでしょう。インドには今でも世を捨て、修行に人生を捧げる人々がいます。彼らはサドゥーと呼ばれ、インドに計400〜500万人もいるとのこと。時代に逆行したような、それでいて気にせずにはいられないオーラを放つ彼らは、一体どんな存在なのでしょうか。

インドの世捨て人、サドゥーの生き方 インドの世捨て人、サドゥーの生き方

放浪のアウトサイダー

サドゥーは基本的には家や仕事、家族を持たない存在です。彼らは入門式で一度死んだことになっており、10種類ほどある名前のうちひのとつを与えられます。小さな荷物を手に、季節ごとに気ままに渡り歩き、あちこちで庵(クティア)を構えます。チラムと呼ばれる大麻を吸引するする人も多いですが、その使用は半ば黙認されているとのこと。さまざまな宗派があり、グル(師匠)に導かれてこの世界に入るのが普通ですが、師を持たずに自らサドゥーとなる人も多い模様です。人々の尊敬を受けるサドゥーもいますが、一般のサドゥーはときには恐れられ、うさん臭く思われる存在でもあるようです。

サドゥーが大集結する祭り、クンブ・メーラー

サドゥーの修行法はさまざまです。クンブ・メーラーは、インド北部の4つの町で3年ごとに交代で行われる祭りですが、まるで生きたサドゥーの展示会といった趣です。聖者とみなされる位の高いサドゥーからひよっこサドゥー、ヨーガ行者、さすらいの奇人変人までが大集結し、行進し、沐浴を行います。そこで見られる彼らの修行法は多彩。もともと彼らに決まった修行法などはないのです。数十年間ずっと片手を挙げ続ける修行者や、ヨーガをするサドゥー、言葉を話さない行を続けるサドゥーなどが一堂に会します。

断食をするサドゥー

私が強い印象を受けたのは、南インドのティルヴァンナマライという町で話に聞いたサドゥーでした。この町は聖なる山とされるアルナーチャラ山があるシヴァ神の聖地。山中には洞窟や庵が点在し、今も多くのサドゥーが修行に励んでいます。2時間ほどかけて登り、ひと気のない山頂に着くと、若いサドゥーが現れて、亡くなった彼の師について話してくれました。それによると彼の師は、最後の8年間食事を全くとらなかったそうです。口にするのは毎朝飲むお茶と水だけ。師匠に毎朝チャイを運ぶのが、この若いサドゥーの役目だったそうです。師が座っていたという小さな庵が、山頂の片隅に今も建っていました。食べなくても生き続ける聖者の話は、実はインドでたびたび聞きますが、俗世間と隔絶された聖なる山頂にいると、何かを追い求めて修行するサドゥーの生き方が、いっそう強く心に迫るように感じられました。