虎を追って発見した遺跡

インドの至宝、いえ人類の至宝ともいうべき仏教寺院群アジャンタ。いつのまにかジャングルの中に埋もれてしまったというこの遺跡が、再び発見されて長い眠りから覚めた日の話が私は大好きです。1819年、ハイデラバードの藩王の虎狩りに参加したイギリス駐留軍の士官スミスは、巨大な虎に襲われてジャングルの奥地に逃げ込みました。とある渓谷で、ライフルを構えつつ周囲に目をやると、スミスはジャングルの繁みに覆われた奇妙な形をした岩壁を見つけます。近づいてみるとそれは谷の岩壁に沿って穿たれた30にも及ぶ石窟寺院群だったのでした。

信仰の力に圧倒されるインドの石窟寺院 その1「アジャンタ」 信仰の力に圧倒されるインドの石窟寺院 その1「アジャンタ」

インド仏教の盛衰を物語る

その日スミスは、一頭の虎も仕留めることはできませんでしたが、代わりに人類の至宝を発見したのです。なんともロマンに満ちた話ではありませんか。第10窟には彼が書き残した名前が残り、彼が石窟を見つけた場所は、今では渓谷の石窟群全体を見渡す展望台になっています。残したアジャンタの石窟寺院は、紀元前1世紀から紀元2世紀(前期窟)と紀元5世紀から7世紀の頃(後期窟)に分かれて開かれ、インドの仏教の誕生から衰退までを物語る非常に重要な仏教遺跡です。寺院内には各時代の仏教美術の傑作が残されていますが、中でもアジャンタの名を世界に知らしめているのが、保存状態のよい素晴らしい壁画の数々です。

仏教美術の至宝、アジャンタの壁画

「前期窟が造られた上座部仏教の時代は、まだ仏像が作られず、代わりに仏陀を象徴するものとしてストゥーパ(仏塔)や法輪、菩提樹、仏足などが礼拝されました。アジャンタにある5院の前期窟は簡素で、ストゥーパが中央に祀られています。仏教は大乗期に入り、5世紀に再開したアジャンタの石窟寺院は絶頂期を迎えます。寺院内は仏像と壁画で埋め尽くされました。鮮やかな色彩の残る優れた壁画は、その質の高さと量とで他の仏教遺跡の追随を許さず、遠くジャワや日本にまで影響を及ぼしました。最高傑作と称えられる第1窟の優美な「蓮華手菩薩像」は、法隆寺金堂の勢至菩薩像のルーツといわれています。

スミス氏と虎に感謝を!!

アジャンタは、ワーグラー渓谷の馬蹄型の谷の断崖に刻まれています。寺院内部は、壁画の保護のためにわずかのライトが灯されているだけで、明るい外から入ると真っ暗に感じます。足元を照らす懐中電灯を持参するといいでしょう。外界から遮断された静謐な寺院の中は、日本人にも馴染みのある仏像や壁画に囲まれていることもあって、どこか荘厳な雰囲気が漂います。1000年の間忘れ去られ、ジャングルに眠っていた人類の遺産を、わたしたちが今訪れることができるよになったのは、ひとつの偶然によるものでした。最後には是非、展望台に立って200年前のスミス氏の感動を味わってみてください。