エジプトの砂漠の中にあるオアシス

エジプトにある地中海沿岸の都市アレクサンドリア。そこから地中海沿いに西へバスで4時間行ったマルサ・マトルーフの町でバスを乗り換え、南の砂漠へまっすぐ4時間ほど下ったところにシーワ・オアシスがあります。ここは周囲を砂漠に囲まれた、絶海の孤島のような文字通りの“オアシス”です。そしてこのオアシスは、アレクサンドロス大王ゆかりの地としても有名なのです。

アレクサンドロス大王が訪れた砂漠のオアシス、シワ アレクサンドロス大王が訪れた砂漠のオアシス、シワ

アレクサンドロスのエジプト征服

アレクサンドロス大王(英名アレキサンダー)のことはご存知でしょうか。紀元前356年にマケドニアの王子として生まれたアレクサンドロスは、全ギリシャを掌握し、ペルシャ帝国の領土へ進軍。紀元前333年にトルコのイッソスでペルシャ軍に勝利した後、地中海東岸を南下してエジプトを征服します。エジプトはペルシャに征服されてからまだ11年しか経っていなかったので、アレクサンドロスを解放者として歓迎し、アレクサンドロスを彼らのファラオにしました。さて、彼がエジプトにいた時、地中海世界では知らぬものがいないという、このシーワ・オアシスにあったアモン神殿を訪れます。ペルシャ征服に出る前に、その勝敗を問う神託を受けるというのがその目的でした。

オアシス訪問の真の理由は?

バスでは4時間という砂漠の道ですが、アレクサンドロスとその将兵たちは20日間かけて砂漠を縦断し、このオアシスにたどり着きました。神託には神の権威を借りてエジプトの統治をしやすくし、ペルシャ遠征の士気を高めるという政治的な読みがあったようです。神託により、アレクサンドロスは「アモン神(ギリシャの神のゼウスと同一視されていました)の息子」ということになり、ペルシャ遠征の成功を告げられたのです。まあ、内容はあらかじめ決まっていたのでしょう。

のんびりできる、喧噪のエジプトの中のオアシス

今では観光業を営むためにやってきたエジプト人も多いですが、もともとこのオアシスに住んでいるのは、砂漠の先住民のベルベル人です。エジプトでは観光地として人気が高い場所なので、ホテルやレストランに困ることはありません。アモン神殿の跡も残っていますが、アレクサンドロスよりも後の時代のもので、しかもさらにその後は住居として使われていたので、往事の面影を残すものはありません。ほかには、ギリシャ〜ローマ時代の墓だった「死者の山」、泥とレンガの廃墟と化した旧市街「シャーリー」等の見どころのほか、砂漠ツアーも催行されています。何よりも、エジプトの喧噪から離れてのんびりできる場所なので、カイロやルクソーだけでないエジプトを堪能してみてはいかがでしょうか。