スペインとの領土争いに巻き込まれたカステロ・ロドリゴ

この村もセントロ地方北部、スペインとの国境までわずか20km足らずのところにあります。レオン王国のアルファンソ9世によって礎が築かれ、のちにロドリゴ・ゴンザレス・デ・ジロン伯爵に与えられました。村の名前はこのジロン伯爵の名にちなんでいます。スペイン国境に近いので、しばしば領土争いに巻き込まれ、17世紀には領主がスペイン側に寝返ったために、その屋敷に火が放たれました。村には今でもその廃墟が残っています。かつてここはサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう街道沿いで、多くの巡礼者が宿をとったところでもあります。村に立つマヌエル様式の注塔をお見逃しなく。ホテルも数軒あります。

ポルトガルの「歴史的な村」を訪ねてみよう(その2)カステロ・ロドリゴ、アルメイダ ポルトガルの「歴史的な村」を訪ねてみよう(その2)カステロ・ロドリゴ、アルメイダ

戦乱の歴史をくぐってきた要塞都市アルメイダ

カステロ・ロドリゴから南へ約20km、モンサントからは北へ約100kmのところにアルメイダという村があります。スペイン国境までわずか12km。この地域の重要な戦略的防衛地点として、中世の城の周囲に17〜18世紀に築かれました。世界でも有数の要塞建築のひとつといわれています。12の尖端を持つ星型の要塞都市で、全長2500m。13世紀にディニス王が支配下に置いて以来、スペインとの領土争いで多くの戦いを堪え忍んできましたが、19世紀にフランス軍に包囲され、弾薬庫が爆発して城塞が破壊されて降伏するにいたりました。戦乱の歴史をくぐってきた要塞都市の堅固な建築は見ごたえ十分です。要塞内にホテルも数軒あります。

ポルトガルの定期市発祥の村カステロ・メンド

アルメイダの南約15kmのところにあるカステロ・メンドは渓谷の中にあるのどかで小さな村です。石造りの素朴な家々が並び、ロバの荷馬車を引く村人の姿が見えます。古代ローマ時代に築かれた要塞の跡にできた村であることと、14世紀ディニス王によって任命された初代知事がメンド・メンデスだったことから、カステロ・メンドという名前になりました。13世紀にこの村で年3回の定期市が始まりましたが、これがポルトガルの定期市の始まりだったといわれています。城壁に囲まれた村には6つの門があり、2階建ての石造りの家は1階が家畜用、2階が住居として使用されていました。村は昔の姿を取り戻すべく復旧が進んでいますが、残念ながら村にホテルはありません。(その3に続く)