「カスバの女」のカスバって要塞だったのか!

昔、「カスバの女」という歌がありました。1955年にリリースされた曲で、さすがに私もリアルタイムでは聞いていませんが(笑)、「カスバ」という言葉の響きが、意味も分からずに“何かタダナラヌもの”として頭のどこかに刷り込まれていました。何年か後、旅をするようになって、カスバとは北アフリカ一帯に残る要塞のことだと知りました。私が訪れたのは、アトラス山脈を越えた、モロッコの南に広がる荒涼とした砂漠地帯にカスバが点在する、「カスバ街道」でした。

ラクダの隊商が歩いた時代に迷い込む!! モロッコの城塞都市カスバを訪ねる旅(前編) ラクダの隊商が歩いた時代に迷い込む!! モロッコの城塞都市カスバを訪ねる旅(前編)

モロッコのカスバ街道の入り口に到着

カスバ街道の入り口に位置する町のワルザザードまでは、マラケシュからアトラス山脈を越えて、バスで約4時間。ここはカスバ街道で一番大きな町で、プール付きの三つ星クラスから安宿までホテルの数も多く、レストランやカフェも揃っています。町の中心には、ビールなどアルコールも売っているミニスーパーがあり、ちょっとした土産物も買うことができます。私が初めて訪れた2006年には、この店に加藤茶にそっくりのスタッフがいて(本物の加藤茶が取材で会いに来たとか!)、一緒に‘ペッ’のポーズで写真を撮らせてくれました。

インドのラダック地方にも似た風景

カスバは、かつてアラブ人の支配から逃れた先住民族ベルベル人達が、アラブ人など外敵の侵攻から自分達を守るために築いた、城壁で囲まれた要塞化した集落です。北アフリカのマグレブ諸国(チュニジア、アルジェリア、モロッコ)の各地にあり、隊商交易の中継地として栄えました。モロッコのカスバは、乾ききった砂漠地帯に流れる川に沿って作られたオアシスに築かれています。日干しレンガで造られたカスバは、住居や塔などいろいろなサイズの立方体がいくつも合わさったような形をしていて、オアシスの緑とカスバを取り巻く荒涼とした茶色い風景は、どことなくインド北部にあるラダック地方のゴンパ(チベット仏教の寺院)に似ているような気がしました。

町の中に残る、生きたカスバ

ワルザザードの町の中にも、カスバがあります。17世紀に建造された「タウリルトのカスバ」は、町の東部にあり、この地方を治めていたグラウィーという豪族が所有していました。1990年に制作された映画『シェルタリング・スカイ』の舞台となったことで有名です。このカスバの一番の特徴は、他のほぼ廃墟となったカスバとは異なり、いまだにこの中で暮らしている人たちがいるという点です。当てもなく散策していると、静まり返ったカスバが迷宮のようで、ちょっと心細くなるのですが、そこに住人が現れると、急にカスバに息が吹き込まれたかのように感じられました。(後編に続く)