浙江省にある諸葛孔明の子孫が住む村

三国志の蜀の政治家、諸葛孔明にまつわる史跡と言えば、四川省成都の「武候祠」が最も知られています。現在の四川省である蜀を治めた劉備玄徳に仕えたので、諸葛孔明にまつわる史跡は四川省周辺に集中しています。諸葛孔明と浙江省って、なかなか結びつきません。でも、浙江省にもあるんです。孔明に結びつく史跡が!孔明自身が訪れて、何かを残した場所ではありませんが、三国志ファンや孔明好きなら興味はありますよね。浙江省蘭渓市の「諸葛八卦村」です。ここは孔明の子孫が住んでいる最大の村として、浙江省ではかなり知られています。しかも、杭州からなら日帰りオッケー!

杭州から日帰りオッケー! 諸葛孔明の子孫が住む「諸葛八卦村」に行こう!(前編) 杭州から日帰りオッケー! 諸葛孔明の子孫が住む「諸葛八卦村」に行こう!(前編)

珍しい形をしている「諸葛八卦村」

「諸葛八卦村」って、日本人には聞きなれない変てこな名前です。「八卦」とは中国の易(占い)で使われる8つの記号のことです。これに陰陽五行思想が結びついたもので、中国人は神羅万象のすべてを説明できると考えていました。諸葛八卦村はこの八卦と陰陽五行思想が村の形に大きく関係しています。村の中心は陰陽大極図の形をした鐘池です。鐘池から8本の細い道が放射線状に出ていて、村の形そのものが八卦の思想に基づいていると言われています。このあたりは日本人には難しい話ですが、諸葛八卦村は白いしっくいの高い壁に小さな黒い瓦屋根をした民家が並ぶ美しい村です。

諸葛八卦村はいつ、誰が作ったの?

現在、諸葛八卦村には約4000人が住んでいますが、その80%が諸葛姓だと言われています。孔明の子孫は蜀滅亡の際に、ほとんどが亡くなっていますが、孫の諸葛京は年少だったので、生き残りました。この京の子孫である諸葛大獅がこの地にやってきて、現在の村を築いたと言われています。孔明から数えて27代目です。それが元代の1340年頃です。諸葛大獅は、八卦思想を基に村を作りました。鐘池から八方に延びる道が、どこで横につながっているか、村人以外にはわかりません。外敵が攻めにくい村を作ったのです。

孔明に関係あるところにまず、行ってみよう!

村の構造はともあれ三国志ファンに重要なのは孔明を祀っている「丞相祠堂」と「大公堂」です。まずは丞相祠堂に行ってみましょう。とにかく大きな祠堂で梁の木彫りの装飾の精巧さに驚かされます。これは医学の世界で成功した諸葛一族の財力のたまものです。諸葛家には明代以降「名大臣(政治家)になれなくとも、名医になればいい」という家訓がありました。政治の世界を捨てて、医学の道に入った子孫が多いのです。諸葛八卦村の「天一堂」は諸葛氏が開いた薬屋です。「大公堂」は孔明の記念堂です。鐘池に面した「武」と「忠」と大きく書かれたお堂がそうです。(後編につづく)