アルゼンチンがイギリスにケンカを売って戦争勃発

フォークランド諸島の続きです。さて、そんなフォークランド諸島ですが、1982年4月に大事件が起こりました。「フォークランド紛争(マルビーナス戦争)」です。当時、アルゼンチンは内政に失敗しており、国民の不満をそらす必要がありました。そこで「島を取り戻そう」と愛国心を煽り、無断で民間人をフォークランド諸島に上陸させます。愛国心を煽られた国民は政府を支持し、政府はその民間人を退去させようとしたイギリスに対し、島に軍を送って占領してしまいます。イギリスは経済のお荷物になっていた(当時イギリスは大不況の真っ最中だった)フォークランド諸島を平和的に手放す(島の住民投票など)ことも考えていたようですが、アルゼンチンに対面を潰されて引くに引けなくなり、武力で戦うことを決意します。

地雷原がペンギン天国に! 南大西洋にあるフォークランド諸島へ行ってみよう その2 地雷原がペンギン天国に! 南大西洋にあるフォークランド諸島へ行ってみよう その2

他国の支持を受けられずに、アルゼンチンが敗北

当時はまだ冷戦下だったので、ともに西側諸国同士。それがまだ実戦で使われたことがない近代兵器で戦うという、珍しい戦いになりました。当初、アルゼンチン軍は思いのほか緒戦で勝利を収めましたが、アルゼンチンの期待を裏切り、どの国もアルゼンチンへの軍事的支援は行いませんでした。アルゼンチンを支持した“反英”のソ連などの共産国や南米諸国も、口だけの支持で何もしなかったのです。この戦いは2ヵ月後の6月20日にイギリスの勝利で終了します。1990年に両国は国交を回復しましたが、アルゼンチンはいまだ島の領有権を主張しています。

戦後大量に残された地雷原が、ペンギンを保護

戦争中、両軍は大量の地雷をフォークランド諸島に仕掛けました。その数は2万個と言われています。戦争が終わってイギリスは地雷を取り除こうとしましたが、莫大な費用がかかるので断念。危険地域にフェンスを作って立入り禁止にしました。この地雷ですが、ある一定の重さ(45キロ以上)がかかると、爆発するようになっているそうです。そのため、人間やペンギンの天敵であるトドは被害を受けても、体重の軽いペンギンが踏んでも爆発しません。そのため、人間にとっては危険な立ち入り禁止地域ですが、ペンギンにとって地雷原は外敵のいない安全地域になったのです。増え続けたペンギンの数は、現在100万羽と言われています。(その3に続く)